「フランスのバイヤーから連絡が来た。御社の真鯛を、パリのレストランで使いたいんですが」
こんなメールが届いたとき、あなたはどう動きますか?
喜ぶのも束の間、「EU輸出には認定施設が必要」「漁獲証明書が必要」「2026年から新しいシステムが始まった」という情報が次々と出てきて、頭が真っ白になってしまう。
このモヤモヤ、国内販売しかしたことがない水産業者なら誰でも感じるはずです。「そもそもEUへ輸出するには何が必要か」「2026年に何が変わったのか」。この記事では長崎の養殖真鯛業者を例に、EU向け水産物輸出の全手順をシナリオ形式で解説します。
2026年、EUの水産物輸入ルールが変わった
2026年1月、EUの水産物輸入に関わる2つの重要なルールが施行・強化されました。EU向け輸出を検討している方は、まずここを押さえておく必要があります。
IUU漁業規則の改正とCATCH電子システムの本格運用
EUは「IUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)」、つまり密漁や無許可漁業による水産物が自国市場に流入しないよう、世界で最も厳格な証明書制度を設けています。2026年1月からはその制度が改正・強化されました。
- 2026年1月10日施行:EUのIUU漁業規則(EC 1005/2008)の2024年改正が発効。EU側の輸入者は「CATCH(EU電子漁獲証明システム)」を通じて漁獲証明書データを提出する義務が生じた
- 日本側(輸出者・政府機関)はCATCHシステムの使用義務はないが、EU輸入者がシステムに入力できる形の漁獲証明書を準備する必要がある
- 加工証明書(Processing Statement)の要件も追加。第三国で加工処理が行われた場合に必要となる
HACCP認定施設の義務:自分で加工するか、仕入れるかで対応が変わる
EUへ輸出できる水産食品は、水産庁が認定したHACCP(危害分析重要管理点)対応施設で加工・処理されたものに限られます。ここで多くの方が混乱しやすいポイントがあります。
重要:「HACCP認定が必要かどうか」は、自分が何をするかによって変わります。
- 自分で魚を加工・処理する場合(加工業者・養殖から加工まで一貫で行う事業者):自社施設が水産庁のHACCP認定を受ける必要がある
- 認定施設から仕入れて輸出するだけの場合(輸出代行・トレーダー):自社がHACCP認定を取る必要はない。仕入れ先の加工施設が認定を受けていれば条件を満たす
どちらの立場であっても、「加工した施設がHACCP認定を受けているか」の確認は必須です。認定施設の一覧は厚生労働省・地方厚生局のウェブサイトで公開されています。
要点:EUへ輸出するには「①加工施設のHACCP認定」と「②漁獲証明書の整備」が最低条件。2026年からは漁獲証明書の電子化対応も加わった。
※最新情報は農林水産省・水産庁の公式サイトおよびジェトロでご確認ください。

今回のシナリオ:長崎の養殖真鯛業者・Aさんの場合
Aさんは長崎県内で養殖から加工まで一貫して手がける水産業者です(従業員7名)。地元の鮮魚店や料亭への卸売りが主力でしたが、コロナ禍以降の国内需要減少をきっかけに海外販路を模索。ある日、フランスのインポーターから「御社の真鯛に興味がある」とメールが届きました。
Aさん自身が養殖・加工を行っているため、EU輸出に際しては自社施設のHACCP認定取得が必要になります。もしAさんが認定済みの加工施設に委託して輸出するだけであれば、自社認定は不要でした。今回は自社一貫体制でのEU輸出を目指したシナリオで解説します。Aさんはどこから動けばよいでしょうか?
Step形式:Aさんが辿る5つの手順
Step 1:仕入れ先または自社加工施設のHACCP認定を確認する(1〜3週目)
最初にやることは、「加工を行う施設がHACCP認定を受けているか」の確認です。
自分で加工する場合は自社施設の認定状況を調べ、未認定なら申請手続きに入ります。認定施設から仕入れて輸出するだけの場合は、仕入れ先の施設名を確認し、認定一覧に載っているかをチェックするだけで済みます。
- 厚生労働省・地方厚生局のサイトで「輸出水産食品認定施設一覧」を検索し、対象施設の名前があるか確認する
- 自社施設が未認定で自分で加工する場合は、水産庁または地方農政局に認定申請の相談を行う(事前審査→水産庁申請→書類審査・現地調査のプロセスで数ヶ月〜1年)
- 仕入れ先が対象の場合は「EU向け輸出用のHACCP証明書を発行できるか」を先方に確認する
Aさんの自社工場は未認定でした。すぐに管轄の地方農政局に相談の電話を入れました。
Step 2:漁獲証明書(養殖証明書)の取得準備(1〜2ヶ月目)
HACCPの確認と並行して準備が必要なのが、漁獲証明書(Catch Certificate)です。「この魚はどこで、誰が、どのように獲ったか」を証明する書類で、EUのIUU漁業規則が求めるものです。
EUは違法漁業の水産物が流入しないよう、この証明書がなければどれだけ品質の良い魚でも受け入れません。
- 漁獲証明書は水産庁または都道府県の窓口が発行する公的証明書
- 養殖魚の場合は「養殖証明書(Aquaculture Certificate)」が相当する書類になる
- 真鯛は養殖魚のため、養殖業者の登録情報・生産記録が証明書の根拠となる
- 加工工程が生じる場合は追加で加工証明書(Processing Statement)も必要(2026年改正で明確化)
Aさんは管轄の県水産局に問い合わせ、養殖証明書の発行手続きを開始しました。
Step 3:フランスのバイヤーとの書類フォーマット確認(2〜3ヶ月目)
並行して、フランスのインポーター(EU側の輸入者)との詳細な条件確認を行います。
2026年以降、EU輸入者はCATCH電子システムに漁獲証明書データを登録する義務を負います。日本側の書類フォーマットがCATCHシステムへの入力要件を満たしているかを、EU側のバイヤーに事前確認しておかないと、通関時にトラブルが起きます。
- 漁獲証明書に記載が必要な項目(漁船名・FAO漁区・漁獲日・漁法等)の確認
- 加工証明書が必要かどうか(フィレ加工・冷凍加工の有無)
- EU側の輸入者がCATCHシステムを通じた電子申請を求めているか
- 輸出通関に必要な衛生証明書(健康証明書)のフォーマット確認
Aさんは英語でのやり取りが苦手なため、この段階で貿易書類の専門業者に相談することを決めました。
Step 4:輸出通関書類一式を準備する(3〜4ヶ月目)
施設認定と漁獲証明書の準備が整ったら、実際の輸出に必要な書類を揃えます。
- インボイス(Commercial Invoice):商品の金額・数量を記した売買契約書に相当する書類
- パッキングリスト(Packing List):梱包内容の詳細リスト
- 原産地証明書(Certificate of Origin):日本産であることの証明。日本商工会議所が発行
- 健康証明書(Health Certificate):厚生労働省または農林水産省が発行。EU向けの専用フォーマットあり
- 漁獲証明書(または養殖証明書):Step 2で取得したもの
- 加工証明書(Processing Statement):加工工程がある場合(2026年改正で要件明確化)
- 航空貨物運送状(AWB)または船荷証券(B/L):輸送業者が発行
Aさんは書類の種類の多さに驚きましたが、「1枚1枚の役割さえわかれば管理できる」と感じ、チェックリストを作って管理することにしました。
Step 5:サンプル輸送→通関→バイヤーへの納品(4〜5ヶ月目)
書類が揃ったら、まず少量のサンプル輸送で実際の通関フローを確認します。
初めてのEU輸出では、書類の不備・フォーマット相違・検疫での引っかかりが起きやすいです。大量ロットの輸送前にサンプルで一連の流れを試しておくことで、本番のリスクを大幅に下げられます。
- フランス側の税関で漁獲証明書が問題なく受理されたか
- 衛生証明書の記載内容に不備はなかったか
- 輸送中の温度管理(コールドチェーン)は保たれていたか
- 現地での通関所要日数(生鮮品は特に重要)
Aさんのサンプル輸送は無事通関を通過。フランスのバイヤーから「品質は申し分ない」と連絡が入り、正式な取引に向けての商談が始まりました。
EU輸出でやってはいけない3つの落とし穴
落とし穴①:加工施設のHACCP認定確認を怠る
輸出者自身がHACCP認定を取る必要はありませんが、「加工した施設が認定を受けているか」の確認は絶対に必要です。仕入れ先に確認しないまま輸出しようとすると、EU税関で即差し止めになります。最悪の場合、商品が廃棄処分になるうえ、バイヤーとの信頼関係も失います。仕入れ先には「EU輸出用のHACCP証明書を発行できるか」を事前に確認してください。
落とし穴②:漁獲証明書の記載内容が不完全
漁獲証明書に記載すべき項目(漁船登録番号・FAO漁区コード・漁獲方法等)が不足していると、EU側のCATCHシステムへの入力ができず通関が止まります。書類は必ずEU側のバイヤーに事前確認を取ってから準備してください。
落とし穴③:健康証明書のフォーマット違いに気づかない
EUが要求する健康証明書には専用のフォーマットがあります。国内向けの衛生証明書をそのまま使おうとするケースがありますが、これはNGです。厚生労働省・農林水産省が提供するEU向け専用フォーマットを使用してください。
明日から動ける3つのアクション
- 仕入れ先または自社施設の名前を、厚生労働省・地方厚生局の「輸出水産食品認定施設一覧」で検索して確認する
- ジェトロの輸出ガイドページから、EU向け輸出の最新書類要件をダウンロードして確認する
- EU側のバイヤー候補に「漁獲証明書はCATCHシステム対応が必要か」「加工証明書は求められるか」を確認するメールを送る
まとめ
EU向け水産物輸出のポイントを3点にまとめます。
- 加工施設のHACCP認定が大前提(自社か仕入れ先か):自分で加工するなら自社施設の認定取得が必要。トレーダー・輸出業者なら認定施設からの仕入れでOK。どちらにせよ加工施設の認定確認は必須
- 2026年からIUU規則が強化:漁獲証明書の電子化(CATCH対応)が進んでいる。EU側の輸入者はシステムに対応した証明書を求めている
- 最初はサンプル輸送で試す:書類準備が整ったら、大量ロット前にサンプル輸送でフローを検証することがリスクを最小化する最善策
「EU向け輸出に挑戦したいが、書類の準備が不安」という方は、お気軽にご相談ください。