北海道の漁港でナマコ漁を続けて20年の佐藤さんに、ある日香港から直接メッセージが届きました。「北海道産の干しナマコ(干海参)を定期的に仕入れたい」というバイヤーからの打診でした。
これまで地元の卸売業者に出荷するだけだった佐藤さんには、輸出はまったく未知の世界です。調べてみると、「ナマコの輸出はサバやブリとは別の書類が必要」という情報が出てきて、頭を抱えました。「どういうこと?」と思いながら読み進めると、水産流通適正化法という法律名が登場しました。
この記事では、北海道産の乾燥ナマコを香港へ輸出するシナリオをもとに、2026年現在の手続き・書類・注意点をStep形式で解説します。「水産流通適正化法って何?」というところから、フォワーダー選定・試験輸出の実施まで、初めて輸出を検討している方が知りたい情報を順を追ってお伝えします。
なぜナマコの輸出は「特別扱い」なのか
まず、ナマコが他の魚介類と扱いが異なる理由を押さえておきましょう。
- 密漁対策としての法律:ナマコは高値で取引されるため、密漁が後を絶ちません。2022年に施行された水産流通適正化法は、アワビとナマコを「特定第一種水産動植物」に指定し、漁獲から流通・輸出まで書類で追跡できる仕組みを導入しました
- 輸出時に必須の書類:ナマコを輸出する場合、通関時に「適法漁獲等証明書」の添付が義務づけられています。この証明書がないと、税関で荷物が止まります
- 申請には時間的余裕が必要:証明書の発給申請は、通関予定日の2開庁日前の午後4時までに完了させなければなりません
香港市場については以下のデータが参考になります。
- ジェトロの調査によると、2023年の日本産ナマコ(乾燥・加工品含む)の輸出総額は約1億3,758万米ドル
- そのうち香港向けが最大の6,871万ドル(全体の44.9%)を占めており、日本産ナマコの最大の仕向け地です
- 香港・上環(ションワン)エリアは世界最大規模の乾物問屋街で、日本産の干海参は最高級品として認知されています
干しナマコ(干海参)は中華料理における古来からの高級食材で、良品になるほど価格は大幅に上昇します。小売店頭では数百グラム単位で数万円から十数万円で販売されるケースもあります。
※上記の統計はジェトロの調査資料をもとにしています。最新情報は農林水産省・ジェトロの公式サイトでご確認ください。

シナリオ:佐藤さんの状況と目標
佐藤さんは北海道の漁港でナマコ漁を手がける漁師(50代・従業員5名)です。毎年秋から冬にかけてマナマコを漁獲し、一部を乾燥加工して自家販売もしています。国内市場でのナマコ価格は不安定なため、高値がつく海外市場への直接販売に興味を持っていました。
今回打診された取引は、月に乾燥ナマコ50kg(グレードは中〜上位)の試験輸出です。バイヤーは香港の乾物問屋で、日本産の品質を高く評価しているとのこと。「何から動けばいいでしょうか」という状況です。
Step形式で理解する:ナマコ香港輸出の実務
Step 1|水産流通適正化法の書類体制を整える(1〜2週目)
ナマコ輸出で最初に理解すべきは、水産流通適正化法に基づく適法漁獲等証明書の仕組みです。
この証明書は、漁獲したナマコが適法に捕られたものであることを示す公的書類です。輸出通関時に税関へ提出が必要で、証明書のない状態では輸出できません。申請は「一元的な輸出証明書発給システム」を通じて行い、通関予定日の2開庁日前の午後4時までに完了させる必要があります。
詳細な申請方法や必要書類は、水産庁漁政部加工流通課水産流通適正化推進室(電話:03-6744-0581)または水産庁の輸出手続き案内ページで確認できます。
なぜこの書類が必要なのか。ナマコは高値で取引されるため、密漁品が流通に紛れ込むリスクがあります。適法漁獲等証明書は「この商品はルールを守って漁獲された」ことを証明し、日本の水産業の信頼性を守るための仕組みです。輸出先の香港のバイヤーにとっても、書類が整っている商品は安心して取引できる証になります。
Step 2|乾燥加工と品質グレードの確認(漁獲後〜輸出前)
ナマコを香港へ輸出するにあたって、乾燥加工のプロセスと品質管理は価格を左右する重要な工程です。
乾燥ナマコ(干海参)の一般的な製造工程は以下の通りです。
- 生ナマコの漁獲・内臓除去:鮮度が命。漁獲後はできるだけ早く処理します
- ボイル処理:熱湯で湯通しして殺菌と形成を行います
- 天日干しまたは機械乾燥:数週間〜数ヶ月かけてゆっくり乾燥させます。天日干し品は風味が高いとされます
- サイズ選別とグレード分け:大きさと形状で等級を分けます。大型品ほど高値がつきます
香港のバイヤーが求める品質基準(水分率・形状・色味)をあらかじめ確認しておくことが重要です。乾燥が不十分だと輸送中にカビが発生するリスクがあり、品質クレームの原因になります。加工施設がHACCP(食品衛生管理)に対応していることも、信頼性の観点から重要です。
Step 3|通関書類を準備する(輸出前2〜3週)
適法漁獲等証明書に加えて、輸出通関に必要な標準書類を準備します。
- インボイス(Invoice:送り状):品名・数量・単価・合計金額・売買条件を記載した取引書類
- パッキングリスト(Packing List:梱包明細書):箱ごとの内容物・重量・サイズを記載します
- 船荷証券(B/L:Bill of Lading)またはAir Waybill(AWB):輸送業者(フォワーダー)が発行します
- 原産地証明書:必要に応じて(香港向けでは関税優遇のEPAがないため任意ですが、バイヤーから求められる場合があります)
香港は基本的に自由港のため、日本産食品の輸入に際して日本側の輸出許可証・衛生証明書が必須ではないケースが多いです。ただし、バイヤーや現地の流通要件によって追加書類を求められることがあるため、事前に確認しておきましょう。
Step 4|フォワーダーに見積もりを取る(輸出前2週)
乾燥ナマコは冷凍品と異なり常温輸送が可能ですが、湿気管理が重要な商品です。フォワーダー(Freight Forwarder:国際物流の手配・通関を代行する専門業者)を選ぶ際には、乾物・高価値品の輸送経験があるかどうかを確認しましょう。
見積もり依頼時に伝えるべき情報は以下の通りです。
- 品目:乾燥ナマコ(干海参)・重量・箱数
- 輸送先:香港(港名または住所)
- 輸送方法:海上輸送か航空輸送か(少量・高価値品は航空が向いているケースも)
- 特記事項:高価値品のため保険付保の要否
乾燥ナマコは単価が高い商品のため、輸送中の盗難や破損に備えた貨物保険(Marine Cargo Insurance)の加入を強くすすめます。保険料はフォワーダーを通じて手配できます。
Step 5|バイヤーとの条件確認と試験輸出(1〜2ヶ月目)
輸出前に香港バイヤーと確認すべき事項があります。
- 決済方法(電信送金T/T、信用状L/Cなど)と支払いタイミング
- インコタームズ(Incoterms:取引条件。どこまで売主が費用・リスクを負担するか)の合意
- 品質クレーム発生時の対応ルール
初めての取引では少量から始め、バイヤーの品質評価・市場での反応を確認してから取引規模を拡大するのが賢明です。
やってはいけないこと:ナマコ輸出特有の落とし穴
適法漁獲等証明書の申請を「後でいいか」と後回しにすることは最大のリスクです。通関2開庁日前の午後4時という締め切りは厳格で、申請が間に合わなければ出荷スケジュール全体が遅れます。書類は輸出日から逆算して余裕を持って動きましょう。
次に注意すべきは乾燥不足による品質トラブルです。見た目は問題なくても、水分率が高い状態で輸送すると、コンテナ内の温度変化でカビが発生します。乾燥工程の品質管理を徹底し、可能であればサンプル検査を行ってから出荷します。
また、香港市場での価格交渉で「現地価格より大幅に低い値段を提示された」ケースも起きています。日本産の干海参が香港でいくらで売られているかを事前に調べ、自社の適正価格を持った上で交渉に臨みましょう。
明日から動けるアクション
- 水産庁漁政部加工流通課(03-6744-0581)に適法漁獲等証明書の申請手順を問い合わせる
- ジェトロの香港カントリーレポートをダウンロードして、現地の輸入規制・市場動向を確認する
- 乾物・高価値品の香港向け輸送実績があるフォワーダーを2〜3社選定して比較見積もりを取る
- 自社の乾燥加工工程の衛生管理状況(HACCP対応)を確認し、バイヤーに提示できる資料を準備する
まとめ
ナマコの香港輸出を理解するうえで最も重要な点は3つです。まず、水産流通適正化法による「適法漁獲等証明書」が輸出通関に必須であること。次に、乾燥加工の品質管理が価格と信頼に直結すること。そして、高価値商品だからこそ決済条件・保険・バイヤーとの契約を丁寧に取り決める必要があることです。今回解説した5つのステップは互いに連動しており、証明書の申請タイミングを起点に書類準備・フォワーダー選定・試験輸出と前後関係を意識して進めることが成功の鍵となります。
普通の魚介類と同じ感覚で動いていると「書類が間に合わなかった」「乾燥不足でクレームが来た」という事態につながります。はじめての輸出では、輸出業務代行(フォワーダー・輸出代行会社)と連携しながら進めることが、最大のリスク軽減策です。
あさひ通商では、高価値水産物の輸出手続きに関する無料相談を受け付けています。香港や中国向けの乾物輸出について、お気軽にご相談ください。