2026年6月14日、米イランが停戦に合意した。19日の署名後、ホルムズ海峡が110日ぶりに開く。中東向け輸出事業者には朗報だが、「すぐコストが下がる」は早計だ。現場には3つの壁が残っている。
- 原油が下がっても、バンカー燃料への反映には3〜4ヶ月かかる
- 海峡が開いても、地雷除去や保険再開が完了するまで船は動かない
- 核協議は難航中で、停戦が崩れるリスクはゼロではない
110日間、輸出現場に何が起きたか
コンテナ運賃が週23%跳ね上がった現実
2026年2月28日、米国とイスラエルが軍事作戦を開始した翌日、イランがホルムズ海峡を封鎖した。世界の原油取引の約20%、LNG取引の約20%が通る大動脈が一夜にして閉じた。
コンテナ運賃への影響は即座だった。Drewryが算出するWCI(ワールドコンテナインデックス)は2026年6月初旬時点で3,433ドル/FEU(前週比+23%)に達した。上海→ロサンゼルス便は前週比+31%の4,565ドル、上海→ロッテルダム便も+25%の3,579ドルまで上昇した。
さらに各海運会社が緊急サーチャージを次々と追加した。Maerskはリーファーコンテナ(冷凍・冷蔵)に3,800ドル/本、CMA CGMは40フィートコンテナに3,000ドルを上乗せ。喜望峰(Cape of Good Hope)を迂回するルートへの全面移行で、1航海あたり10〜14日の所要日数増加と追加燃料コストが恒常化した。
和牛・鮮魚の空輸が止まった110日
水産物や和牛を空輸で運んでいた事業者への打撃は、海上輸送よりさらに深刻だった。ドバイ・ドーハ・アブダビの中東主要ハブ空港での乗り継ぎ便が大量欠航。開戦以降の欠航数は2万1,300便超に達し、その振り替え需要が残った路線に集中した。
航空貨物の燃油サーチャージは前年比+44%。香港→欧州便は約5.45ドル/kgまで上昇し(出典: Air Cargo Week, 2026年)、中東経由空輸に頼っていた輸出事業者は、コスト急増か納品断念かの二択を迫られた。
戦前に年間88億円まで成長していたUAE向け農水産物輸出は、「大幅な受注減」という状況になった(日経アジア, 2026年)。5年で倍増した市場が、戦争によって急ブレーキをかけられた形だ。
戦争リスク保険が平時の4,000倍になった衝撃
多くの輸出事業者が見落としがちなコストが保険だ。平時の戦争リスク保険料率は船価の0.001〜0.25%だったが、開戦後48時間で約1%、その後最大4%(7日間ポリシー)まで上昇。The National Newsの試算では平時比4,000倍超の水準に達した(2026年6月3日)。
大手P&Iクラブ(世界の船舶トン数の90%をカバー)が3月5日にホルムズ・ペルシャ湾全域を「高リスク区域」に指定し、湾岸向けの商業通航はほぼ全面停止に追い込まれた。この保険料水準は、停戦署名後もすぐには解消されない。
停戦署名後に変わること、変わらないこと
6月19日の署名で確定すること
今回の合意内容は「戦闘終結の覚書(MOU)フェーズ」と位置づけられている。確定する主な内容は以下の通りだ(出典: Al Jazeera, NBC News, 2026年6月14日)。
- 全戦線での即時停戦
- ホルムズ海峡の無通行料での即時開放宣言
- 米海軍によるイラン港封鎖の即時解除
- イランが核兵器不保持を再確認
調停にはカタール・サウジアラビア・トルコ・パキスタンが関与しており、署名自体の成立確度は高い。ただし「開放宣言」と「物理的な商業通航の再開」は別物だ。
実務的正常化に必要な4つのプロセス
業界の実務専門家が口をそろえるのが「停戦発表後も船はすぐには動かない」という事実だ(global-scm.com)。物理的・手続き的に必要なプロセスが4つある。
- 機雷除去:海峡内に敷設された機雷の除去作業。通常、数週間から数ヶ月を要する
- 保険再開:大手保険会社・P&Iクラブが「高リスク区域」指定を解除するまで、商業輸送に必要な保険が付保できない
- 船員安全確認・乗組員再配置:湾岸向け運航の停止中に行われた人員の再編成が必要
- コンテナ積み残し処理:閉鎖中に湾岸港で滞留したコンテナの処理と順番待ち
DHL CEOは顧客向けに「正常化まで4〜6ヶ月が必要」と通知している。Saudi Aramcoのナッセルも「海峡が開いても市場正常化まで数ヶ月かかる」と発言した。ダラス連銀が120社を対象に実施した調査では、「8月までに正常化」と見るのは39%にとどまっている。
核協議難航という「再閉鎖リスク」の火種
もう一点、輸出計画の前提として押さえておく必要がある。今回の停戦は包括的な和平合意ではない。核兵器を巡る詳細な協議は、署名後も30〜60日間の継続交渉が必要とされており(英国首相スターマー発言)、核協議は現時点で難航中だ。
4月8日の「2週間停戦」が成立直後にイスラエルのレバノン攻撃で崩壊した前例もある。6月19日の署名後も、核協議の難航や周辺状況の変化によっては再閉鎖リスクがゼロではないことを、輸出計画の前提として持ち続けるべきだ。
輸出コストはいつ、どのくらい下がるか

原油・バンカー燃料の回復タイムライン
ブレント原油は開戦前の約72ドルから3月にかけて118〜126ドル/バレル(前年比+64〜75%)まで急騰した。2026年5月のブレント平均は107.09ドル/バレルで、6月時点では107ドル前後で推移している(出典: 内閣府「今週の指標」2026年6月5日)。EIAの見通しでは、停戦が定着した場合、2027年平均は79ドル/バレルへの回帰が想定される。
重要なのは「原油が下がっても船舶用燃料(バンカー燃料・VLSFO)への反映には3〜4ヶ月のタイムラグがある」という点だ(日通NECロジスティクス)。現在のシンガポールVLSFOは約723ドル/MT。湾岸のフジャイラ港に至っては1,275ドル/MTと、シンガポールの約1.8倍に達している。2026年Q3(7〜9月)は引き続き高水準が続き、平時(400〜500ドル台)への完全回帰は2027年以降と見るのが業界のコンセンサスだ。
コンテナ運賃はいつ平時水準に戻るか
Xeneta(海運データ分析)は「2週間停戦では不十分で、海峡の実務的正常化まで運賃の根本的解消は見込めない」と指摘する。楽観シナリオでは、2026年Q3中に緊急サーチャージの撤廃が始まり、Q4に運賃水準が戦前の130〜150%程度まで低下。平時水準への回帰は2027年前半というのが現実的な見通しだ。
スエズ運河経由の欧州航路については、ホルムズとは別にイエメンのフーシ派による紅海攻撃問題が残るため、今回の停戦合意の範囲外だ。欧州向けスエズルートの完全復活は2026年後半〜2027年にずれ込む可能性が高い。欧州向け輸出は、引き続き喜望峰迂回を前提にしたリードタイムで計画する必要がある。
航空運賃の回復は中東ハブ再開がカギ
空輸運賃の回復は、ドバイ・ドーハの中東ハブ空港が乗り継ぎ機能を再開できるかどうかに直結する。Xenetaは「停戦後1〜2ヶ月で中東ハブ経由便が段階的に復活し、航空運賃には一定の緩和が見込まれる」と分析する(出典: Xeneta, 2026年6月)。ただし、ジェット燃料は2026年3月時点で前年比+106.6%まで急騰しており、燃油サーチャージの完全解消は原油価格の安定が前提だ。完全な水準回復は2026年Q4〜2027年Q1が現実的なタイムラインだ。
中東向け輸出の再起動に備える
UAE向け農水産物88億円の回復余地
停戦合意によってUAE・サウジアラビア・カタール向けの輸出再開の準備を始めるタイミングが来た。戦前のUAE向け農水産物輸出額は年間約88億円で、過去5年で倍増以上に拡大していた(日経アジア, 2026年)。和牛・マグロ・抹茶を軸にした富裕層向けの需要は、110日間の断絶があっても根本的には変わっていない。
バイヤー側も再開の準備を始めている可能性が高い。早めに連絡を入れた事業者が、限られた再開初期のロットを確保しやすい。
日本−UAE EPA の有利な条件を活かす
日本とUAEの間には、日本産水産物の関税撤廃を規定した経済連携協定(EPA)が締結されている。競合する豪州・ノルウェー産水産物と比べた価格競争力を、関税コストゼロで発揮できる。農林水産省はUAEに輸出支援プラットフォームを2024年8月に設置済みで、衛生証明書・原産地証明書の申請サポートも受けやすい環境にある。
あさひ通商ではUAE・サウジ向けの水産物・和牛の輸出書類代行も対応している。初めて中東向け輸出に挑戦する事業者でも、書類手続きのハードルを下げることができる。
和牛・活魚の空輸需要急回復に備える
中東ハブ経由の空輸が再開されれば、UAE・サウジの高級日本食レストランからの和牛・鮮魚の発注が急増する可能性がある。停戦前の実績では、中東向け空輸の需要は年間を通じて安定しており、再開初期は積み残し分のまとめ注文が集中することも想定される。輸出書類(衛生証明書・原産地証明書)の準備とフォワーダーとの事前調整を今のうちに進めておくことが重要だ。
今すぐ動くべき3つのこと
停戦合意が確定した今、輸出事業者として次の3つを優先して動かしてほしい。
フォワーダーにサーチャージ変更タイミングを確認する
緊急サーチャージは通常、海運会社が30日前後の猶予で変更を発表する。フォワーダーに「コンテナ運賃・緊急サーチャージの見直しタイムラインについて最新情報を共有してほしい」と連絡を入れる。実際に下がるタイミングを把握することで、最適な積み出しスケジュールの判断ができる。
バイヤーへの連絡を再開し、価格を再提示する
中東・欧州向けのバイヤーに対し、停戦合意を受けた出荷再開の意向確認を行う。この半年間で変わった輸送コストを反映した見積もりの再提示も必要だ。古い契約価格がそのまま有効と思っているバイヤーとのギャップを、早めに埋めておくことが後のトラブル防止になる。
保険の「高リスク区域」指定解除タイミングを確認する
戦争リスク保険料が平時の4,000倍という状況は、署名直後には解消されない。保険会社や貨物保険の担当者に「ホルムズ・ペルシャ湾の高リスク区域指定はいつ解除される見込みか」を問い合わせ、自社の輸出保険がカバーできているかを確認する。コンテナ1本あたりの保険コストが変わるまでの期間は、輸送計画のコスト計算に織り込んでおく必要がある。
輸出書類の準備やフォワーダーとの調整、UAE・サウジ向けの再開準備についてご相談があれば、あさひ通商までお気軽にお問い合わせください。
出典・参考資料
- Al Jazeera「米イラン停戦合意・ホルムズ再開発表」(2026年6月14日)
- NBC News「米イラン戦争終結合意」(2026年6月)
- Wikipedia「2026年ホルムズ海峡危機」
- IndexBox「コンテナ運賃データ(SCFI・WCI)」(2026年6月)
- Xeneta「2週間停戦では海運コスト解消に不十分」(2026年)
- The National News「戦争リスク保険4,000倍」(2026年6月3日)
- Air Cargo Week「航空貨物運賃急騰」(2026年)
- global-scm.com「停戦後も船はすぐ動かない・実務リスク解説」(2026年)
- Nikkei Asia「日本の和牛・マグロ中東輸出が打撃」(2026年)
- Carra Globe「ホルムズ閉鎖2026年・物流影響」(2026年)
- Xeneta「停戦で航空運賃は緩和へ、完全回復には数ヶ月」(2026年6月)
- 内閣府「今週の指標 No.1415 国際的な原油価格指標の動向」(2026年6月5日)
- Value Chain Asia「アジア航空運賃2026年・Gulf hubキャパシティ52%機能停止」(2026年)