「和牛を輸出してみたい。でも書類が複雑でどこから手をつければいいかわからない」
そう感じている輸出事業者にとって、今回のニュースは大きなヒントになります。
2026年6月19日、ZIPAIR Tokyo・ビックカメラ・JALカーゴサービスの3社が連携を発表しました。ビックカメラ秋葉原店でA5和牛を購入した訪日外国人が、空港で商品を受け取り、そのまま海外へ持ち帰れる「AKIBA GO」サービスが拡大したのです。このサービスが輸出業界で注目されている理由は、商品販売だけでなく、輸出に必要な検疫書類の手続きをJALカーゴが丸ごと代行している点にあります。
何が起きたか
今回連携した3社と役割は以下のとおりです。
- ビックカメラ:ビックカメラAKIBAの店頭で和牛をプロモーション。「AKIBA GO」への送客を担当
- ZIPAIR Tokyo(JAL系LCC):事前注文サービス「AKIBA GO」を運営。成田・羽田空港での受け渡しを管理
- JALカーゴサービス:輸出検疫証明書の取得手続きを代行し、商品を出発空港まで輸送
購入者は空港のJAL ABCカウンターで和牛を受け取り、受託手荷物としてチェックインします。到着空港では通常の荷物と同じようにターンテーブルで受け取れます。旅客自身が書類手続きをする必要はありません。
現時点でのサービス概要は以下のとおりです。(※2026年6月19日時点の情報。農林水産省・ジェトロの公式情報と合わせてご確認ください)
- 利用可能空港:成田国際空港(第1・第2ターミナル)、羽田空港(第3ターミナル)
- 対象仕向国:米国、シンガポール
- 取扱商品:鹿児島黒牛・いわて牛A5ランク(米国向けはブロック、シンガポール向けはステーキ用・しゃぶしゃぶ・すき焼き用スライス)
輸出ビジネスへの影響
今回のサービスで最も重要なポイントは、「輸出書類の取得プロセスをJALカーゴが代行している」ことです。和牛(食肉)を海外に持ち出すには、日本側での輸出検疫を通過し、仕向国ごとに異なる書類を揃えなければなりません。
和牛輸出に必要な書類とは
一般的な食肉の輸出には、以下の書類が必要です(仕向国によって種類が異なります)。
- 輸出検疫証明書:農林水産省動物検疫所が発行。食肉が日本の衛生基準を満たすことを証明する
- 食肉衛生証明書:厚生労働省(食肉衛生検査所)が発行。食品衛生法に基づく検査合格を証明する
- 仕向国固有の証明書:米国向けにはUSDA(米国農務省)が定めるフォーマットの書類、シンガポール向けにはSFA(シンガポール食品庁)の登録に対応した証明書など
これらを揃えるには動物検疫所・食肉衛生検査所・農林水産省それぞれへの申請が必要です。経験のない事業者が一から対応しようとすると、申請ルートを把握するだけでも数週間かかることがあります。JALカーゴはこのプロセスを代行しているからこそ、「店頭で買って空港受け取り」という体験が実現しています。
「手荷物輸出」と「商業輸出」の違い
ただし、今回のサービスは訪日外国人が個人の手荷物として持ち帰る形態です。商社や食品会社がコンテナ単位で行う「商業輸出」とは仕組みが異なります。
- 手荷物輸出は、量・品目・頻度に制限がある個人向けの形態
- 商業輸出は輸出者自身(または委任を受けた代行業者)が通関手続きを行い、フォワーダーと連携して書類を管理する
しかし今回のポイントは、「書類の壁があって踏み出せなかった」人たちに向けて、代行によってそのハードルを解消したモデルを大手3社が実証したことです。これは商業輸出を目指す事業者にとっても参考になる考え方です。
小規模輸出者への影響
「自分でも同じように和牛を輸出できるのか」と感じた方向けに、現状を整理します。
小規模事業者が和牛を商業輸出する場合、書類の壁は今も高い状態です。
- 輸出できる食肉は農林水産省に認定された「輸出認定施設」(Export Approved Establishment)で処理されたものに限られる。仕入れ先の施設が認定を受けているかどうかが、輸出可能かどうかの分かれ目になる
- 仕向国ごとに求められる証明書の種類・フォーマットが異なるため、対応する国が増えるほど取得コストが上がる
- 動物検疫所・食肉衛生検査所双方への申請が必要なため、知識がない状態では時間と手間がかかる
今回の3社連携は、こうした課題を専門ノウハウと分業体制で解消した事例です。小規模事業者がすぐに同じことをするのは難しくても、書類取得を代行できるフォワーダーや輸出代行業者を活用することで、同様の仕組みは作れます。
大手参入で小規模輸出者はどう動くべきか
ZIPAIR・ビックカメラ・JALカーゴというブランド力と物流インフラを持つ3社がこの市場に参入したことは、小規模輸出事業者にとって無視できない動きです。「自分たちの仕事が奪われるのでは」と感じた方もいるかもしれません。影響と対抗策を冷静に整理します。
影響を受ける市場・受けない市場
今回のサービスが直接カバーするのは「訪日外国人が手荷物として持ち帰る個人向け市場」です。この領域では、大手3社のブランド力・空港インフラ・書類代行ノウハウが圧倒的な優位を持ちます。小規模事業者が同じ土俵で戦うことは現実的ではありません。
しかし、小規模輸出事業者の主戦場はここではありません。
- B2Bの商業輸出(レストラン・小売店・卸業者向け):インバウンド向け手荷物輸出とは全く別の市場。大手3社は参入していない
- 小ロット・定期出荷・継続取引:長期的なバイヤー関係が必要な取引は、プラットフォーム型サービスでは代替できない
- ニッチな産地・希少品種・特定部位:大手が扱いにくい希少産地や特殊な部位への対応は、小規模事業者の強みが活かせる領域
大手参入が「追い風」になる可能性
見方を変えると、今回の3社参入は小規模事業者にとって和牛輸出の認知拡大という追い風になり得ます。
AKIBA GOのようなサービスで「海外に和牛を持ち帰る体験」をした旅行者の一部は、帰国後も和牛を継続的に購入したいという需要を持ちます。この層は、現地レストランや食品輸入業者を通じたB2B輸出の顧客になり得ます。大手がインバウンド市場で和牛輸出の認知を広げた先に、B2B継続取引の需要が育つという視点が重要です。
さらに、このサイクルは日本農産物輸出の新しいモデルになる可能性を持っています。訪日外国人が日本国内で和牛を体験する(インバウンド消費)→帰国後に継続購入したいというB2B需要が生まれる(輸出需要)→和牛ブランドの国際認知が高まりさらなる輸出需要が拡大する、という流れです。インバウンドが輸出需要の「種まき」をして、商業輸出がその「収穫」をするという構造は、和牛だけでなく水産物・加工食品など他の日本食品にも応用できます。小規模事業者にとってこのサイクルは、国内外の販路を同時に拡大できる機会になります。
小規模事業者が「同じことをできるようになる」ための課題
大手3社の連携モデルを小規模事業者が再現しようとする場合、3つの機能それぞれに現実的な壁があります。
- 書類代行の専門性(JALカーゴの役割):輸出代行業者やフォワーダーに委託することで対応できる。ただし仕入れ先が農林水産省の「輸出認定施設」でなければ書類自体が出ない
- 物流インフラの確保(ZIPAIRの役割):保冷輸送・保税倉庫はフォワーダーとの連携で代替できる可能性がある
- 販売チャネルの確保(ビックカメラの役割):これが最も困難。免税店・百貨店・ホテルへの販路開拓は、ブランド力・資本力・認可手続きが必要であり、容易ではない
書類・物流は外部連携で対応できる見込みがあります。しかし販売チャネルの確保は、現時点では明確な解がない最大の課題です。「産地のブランドがあれば開拓できる」という楽観的な見方は現実とは異なり、ビックカメラのような流通インフラとの提携や、航空会社との協定なしには同じモデルの再現は難しいと考えられます。(※これは輸出実務に関わる当社の見解です)
小規模事業者が現実的に取れる行動
① まず「書類の壁」を取り除く——これは今すぐできる
仕入れ先が輸出認定施設かどうかの確認・仕向国ごとの必要書類の把握・書類代行業者の選定。この3点は今すぐ整備できます。大手3社もJALカーゴという書類機能を起点に体制を組んでいます。
② B2B商業輸出(輸出業者への卸)から始める
インバウンド向け販路が難しいからこそ、海外の食品輸入業者・レストランへの卸というB2Bルートが現実的な参入点になります。書類の壁さえ取り除ければ、バイヤーとの直接取引は成立します。インバウンド需要が和牛ブランドの認知を高めることで、B2Bバイヤーからの引き合いが増える可能性があります。
③ 販売チャネルは「中長期の課題」として捉える
観光客向けの直接販路開拓は、書類・物流体制が整った後に、免税店やホテルとの提携交渉を進める段階で取り組むべきテーマです。短期で解決できる課題ではありません。
輸出事業者が今すぐ確認すべきこと
- 仕入れ先が「輸出認定施設」かどうかを確認する
農林水産省の食肉輸出ページで輸出認定施設リストを確認できます。仕入れ先が認定を受けていない場合、まずその確認が先決です。
農林水産省「食肉の輸出について」 - 仕向国ごとの必要書類をジェトロで事前に調べる
米国・シンガポール・香港など主要市場の食肉輸入規制と必要証明書の一覧は、ジェトロの国別規制ページで確認できます。
ジェトロ「国・地域別に見る」 - 食肉輸出の実績があるフォワーダー・輸出代行業者を事前に選んでおく
書類取得のノウハウは業者によって大きく差があります。食肉輸出の経験があるかどうかを事前に確認し、対応実績のある業者に依頼することが重要です。

まとめ
ZIPAIR・ビックカメラ・JALカーゴの3社連携は、書類代行・物流・販売チャネルを分業したインバウンド和牛輸出モデルです。小規模事業者が同じことをするには、販売チャネルの確保という高い壁があります。現時点では容易ではありません。ただし書類と物流の壁は代行・連携で対応できるため、まずB2B商業輸出から始めながら、インバウンド需要の拡大によって育つ市場機会を待つことが現実的な戦略です。