「サウジアラビアのバイヤーから、黒毛和牛を月に100キロ単位で買いたいという話が来ています。ハラール対応できれば本格的に動けると言っているんですが、何をすればいいんですか?」
福岡市内で食肉卸業を営むTさん(50代・男性)は、取引先の商社を通じてリヤドの食品輸入業者からこの連絡を受けた。社内に輸出経験者はおらず、「ハラールという言葉は知っているが、どこで認証を取るのか、今使っている施設で加工していいのかもわからない」というのが正直なところだった。
サウジアラビアへの和牛輸出は、他のアジア市場向けとは仕組みが異なる。SFDA施設登録・ハラール証明書・衛生証明書の3つが揃わなければ輸出できない。この記事では、Tさんのような輸出未経験の食肉事業者が「サウジへのハラール和牛輸出をどう始めるか」を、輸出者目線でシナリオ形式で解説する。
ビジョン2030が変えたサウジの食卓と、和牛需要の現在地
2018年以降、サウジの外食市場はどう変わったか
サウジアラビア政府は2016年に国家変革計画「ビジョン2030」を発表し、石油依存からの脱却を目標に経済・社会の開放政策を進めている。2018年には娯楽施設・映画館・混合パーティーが解禁され、外食産業は一変した。リヤドやジェッダでは高級焼肉・鉄板焼き・日本食オマカセコースを提供するレストランが次々と開業し、日本食への注目は急速に高まっている。
現地の外食業界リポートによると、ジェッダだけで20軒前後の日本食レストランが営業しており、人気メニューとして和牛・焼肉・寿司が上位に挙がっている。農林水産省が2025年3月に公表した中東主要国の食産業に関する調査報告書でも、サウジアラビアにおける日本食への需要拡大と外食市場の成長が確認されている。詳細は公式資料でご確認ください。
日本の牛肉輸出と中東市場の数字
農畜産業振興機構の発表によると、2024年の日本の牛肉輸出額は648億円(前年比約12%増)で2年連続の過去最高を記録した。主な輸出先は米国・台湾・香港・東南アジアだが、中東市場も政府の重点開拓先として位置づけられている。農林水産省の輸出促進実行計画ではイスラム諸国向けの輸出目標として55億円(2025年)を掲げており、ハラール対応の輸出体制整備が国として進んでいる。
※農畜産業振興機構「令和6年の畜産物の輸出動向について」および農林水産省「輸出促進実行計画」より。最新数値は各機関の公式サイトでご確認ください。
Tさんのケース:福岡の食肉卸業者がサウジ向け輸出に挑む
Tさんは福岡市内で食肉卸業を営む事業者(従業員14名)。国内の飲食店・スーパー向けに九州産の黒毛和牛(部分肉)を仕入れ・配送してきた。輸出経験はゼロ。サウジのバイヤーとの商談を前に進めたいが、「ハラール対応が必要」という条件の前で立ち止まっている。Tさんはまず何から動けばいいだろうか。
サウジアラビアへのハラール和牛輸出、Tさんが踏む5つのステップ
Step 1:3つの「輸出できる条件」を確認する(1〜2週目)
サウジアラビアへの牛肉輸出には、他の国と異なる3つの前提条件がある。まずこれを頭に入れることから始める。
- SFDA(Saudi Food and Drug Authority:サウジ食品医薬品庁)に登録された施設でと畜・加工する
- SFDAが承認したハラール証明書発行機関から、ロット単位でハラール証明書を取得する
- 農林水産省(都道府県経由)が発行する衛生証明書(Health Certificate)を添付する

この3つが揃って初めてサウジへの輸出が可能になる。Tさんが最初に確認すべきは「自社の仕入れ先のと畜場・食肉処理場がSFDA登録施設かどうか」だ。農林水産省の中東向け輸出申請ページ(農林水産省「中東|証明書や施設認定の申請」)に登録施設の一覧が掲載されている。
Step 2:仕入れ先施設がSFDA登録済みかを確認し、対応を決める(2〜4週目)
農林水産省のリストを確認した結果は、大きく2つに分かれる。
【パターンA】仕入れ先がすでにSFDA登録済みの場合
施設側に輸出向け加工の対応実績があるかを確認し、ハラール証明書の取得プロセスに進む。最もスムーズなルートだ。
【パターンB】仕入れ先がSFDA未登録の場合
2つの選択肢がある。
- すでにSFDA登録済みの別の委託加工施設を探して委託する
- 仕入れ先施設が新たにSFDA登録申請を進める
登録には数ヶ月を要する場合があるため、今期中に輸出を実現したいなら「登録済み施設への委託加工」から動くのが現実的だ。
Step 3:SFDA承認のハラール証明書発行機関に連絡する(2〜6週目)
サウジアラビア向けのハラール証明書は、SFDAが承認した機関でなければ発行できない。2024年12月時点で農林水産省が公表している日本の認定機関は宗教法人日本イスラーム文化センター(Japan Islamic Trust)だ。
ハラール証明書の取得には、以下の条件を満たしていることが前提になる。
- と畜作業をイスラム教徒が担当するか、認定機関の監督のもとで行われている
- 豚肉・アルコール・ハラール未認証の動物脂との接触を防ぐ設備管理が徹底されている
- ハラール認証審査への立会いと記録管理が行われている
Tさんの場合、仕入れ先施設がこれらの条件を満たしているかを確認し、満たしていない場合は整備が必要になる。証明書はロット(船積みの単位)ごとに発行されるため、定期的な費用と手続きが発生する点も覚えておきたい。
※SFDA承認のハラール証明書発行機関は農林水産省「中東|証明書や施設認定の申請」ページで随時更新されています。申請前に必ず最新情報をご確認ください。
Step 4:衛生証明書・商業書類を準備する(出荷2〜3週前)
施設確認とハラール証明書の取得準備が整ったら、輸出書類の準備に入る。サウジアラビア向け牛肉輸出に必要な主な書類は以下の通りだ。
- 衛生証明書(Health Certificate):都道府県知事または保健所設置市市長を通じて農林水産省に申請。ロット単位で発行される
- ハラール証明書:SFDA承認の認定機関から取得。ロット単位
- コマーシャルインボイス(Commercial Invoice)
- パッキングリスト(Packing List)
- 船荷証券(B/L)または航空運送状(AWB)
書類の詳細要件はジェトロのサウジアラビア向け牛肉輸出ガイド(ジェトロ「牛肉の輸入規制・輸入手続き(サウジアラビア)」)に整理されている。記載形式・添付要件はサウジ側のバイヤー(輸入業者)との確認も必要だ。
中東向けの食肉は原則として冷凍での輸送になる。フォワーダー(貨物輸送代理業者)との早めの打ち合わせで、輸送コスト・リードタイム・通関の流れを把握しておくことが重要だ。
Step 5:サンプル輸出からスタートし、商談を深める(初回)
Tさんのバイヤーは「まずサンプルを送ってほしい」という段階からスタートしている。少量(数キログラム)のサンプル輸出でも、衛生証明書・ハラール証明書は原則として必要だ。書類の手間は本格輸出とほぼ同じだが、物量が少ないため輸送コストや食材コストは限定的に抑えられる。
サンプルに対するバイヤーのフィードバック(部位・カット・脂のさし具合・包装仕様など)をもとに、本格的な価格交渉と取引条件の詰めに入る。この段階でバイヤー側の輸入ライセンスや決済条件(TT前払い・信用状など)も確認しておくと、後のトラブルを防げる。
ハラール和牛輸出で陥りやすい3つの落とし穴
落とし穴1:「国内で取ったハラール認証がサウジでは使えなかった」
日本にはハラール認証機関が複数存在するが、サウジアラビア政府(SFDA)が承認している機関は限定されている。国内で有効であっても、SFDA未承認機関の証明書はサウジへの輸出には使えない。農林水産省の公式リストで「SFDA承認機関かどうか」を事前に確認することが必須だ。
落とし穴2:「施設がSFDA登録を受けていなかった」
ハラール認証の手配が整っても、と畜・加工施設自体がSFDA登録を受けていなければ輸出できない。施設登録には審査・申請の時間がかかるため、スケジュール設計を早めに行うことが重要だ。
落とし穴3:「バイヤーの輸入ライセンスを確認していなかった」
サウジアラビアでは食品輸入業者にSFDAの輸入ライセンスが必要だ。バイヤーがライセンスを保有しているかどうかを商談の早い段階で確認しておかないと、書類が全部揃った段階で「実は輸入できない」という事態になりかねない。
今日から動ける3つのアクション
- 農林水産省「中東|証明書や施設認定の申請」ページを開き、自社の仕入れ先施設がSFDA登録リストに含まれているかを確認する
- 宗教法人日本イスラーム文化センター(Japan Islamic Trust)のウェブサイトでハラール認証の申請プロセスと費用感を把握する
- サウジ側バイヤーにSFDA輸入ライセンスの保有確認と、希望する部位・カット・数量仕様の詳細を書面で依頼する
まとめ:サウジ向け和牛輸出は「3つの登録」から設計する
サウジアラビアへのハラール和牛輸出は、「SFDA登録施設でのと畜」「SFDA承認機関からのハラール証明書」「農林水産省の衛生証明書」の3点セットが前提だ。この仕組みを理解した上で施設の現状確認と機関へのコンタクトを始めることが、輸出参入への最短ルートになる。
ビジョン2030以降のサウジ外食産業の成長は本物だ。日本食・和牛への需要は実需として存在し、政府の輸出促進政策もイスラム諸国向けの体制整備を後押ししている。手続きの複雑さから参入を避ける事業者が多いだけに、正しく準備して動ければ競合の少ない安定した取引につながる可能性がある。
あさひ通商では、サウジアラビアを含む中東向け和牛輸出の手続きサポートや書類代行を承っています。「まず何から動けばいいかわからない」という段階からのご相談も歓迎します。