「CPTPPで関税がかからないなら、そのまま送れますよね」
高知県の高級魚クエを扱う輸出事業者から、こう聞かれることがあります。関税がゼロでも、水産物をそのまま輸出できるとは限りません。
- ニュージーランド向け水産物輸出に必要な「施設認定」と「衛生証明書」の違い
- 2023年7月の手続き一元化で何が変わったか
- CPTPP関税だけでは輸出できない理由
CPTPP関税とは別に「施設認定」と「衛生証明書」が必要
関税がゼロでも、輸出許可があるわけではない
CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)により、日本からニュージーランドへの輸出品目は8〜9割が関税即時撤廃の対象とされています(出典:ジェトロ)。しかしこれは「関税がかからない」という話であって、「その水産物を輸入してよい」という許可とは別の制度です。関税の話と輸入可否の話を混同したまま準備を進めると、後になって想定外の手続きが判明することになります。
水産物をニュージーランドへ輸出するには、加工・保管を行う施設が「ニュージーランド向け輸出水産食品取扱施設」として認定を受けている必要があります。さらに、輸出のたびに衛生証明書を取得しなければなりません。
CPTPPは日本・ニュージーランド・オーストラリア・カナダ・シンガポール・ベトナム・マレーシア・メキシコ・ペルー・チリ・ブルネイ・英国が参加する経済連携協定です(出典:ジェトロ)。関税面では加盟国間で優遇される品目が多い一方、食品の輸入可否そのものは各国の食品安全当局が個別に審査する仕組みになっています。関税協定と食品安全規制は、そもそも管轄する法律も機関も別だと理解しておくことが出発点になります。
2023年7月、証明書の発給窓口が一元化された
この手続きの窓口は、2023年に大きく変わりました。
- 2023年6月30日まで:施設認定と衛生証明書の発行窓口が分かれていた
- 2023年7月1日:施設認定の申請窓口が、施設の所在地を管轄する地方農政局等に一元化(出典:農林水産省)
- 同日から、衛生証明書も「一元的な輸出証明書発給システム」で地方農政局等が発行(出典:農林水産省)
- 第三国で加工した水産食品の証明書は、引き続き農林水産省 輸出・国際局 輸出支援課が発行
※規制・手続きに関する最新情報は、農林水産省・ジェトロの公式サイトで必ずご確認ください。
高知のクエをNZへ送りたい、個人事業主Aさんのケース
高知県で天然物中心にクエを扱う個人事業主のAさんは、ニュージーランドの日本食レストラン向け仲卸から「クエを定期的に仕入れたい」と打診を受けた。天然クエは漁獲量が少なく、特に11月から2月の冬場は取引価格が高騰する高級魚だ。海外の日本食レストランからの引き合いは、Aさんにとって願ってもない話だった。CPTPPなら関税もかからないはずだと考えて動き出したが、実際に必要なのは関税の話ではなく、施設認定と衛生証明書の手続きだった。Aさんは何から手をつければいいのだろうか。
ニュージーランドへクエを輸出する6つのステップ
ステップ①〜③:出発前に整える体制
まず輸出前に確認・準備すべき3つのステップです。
- ①品目・産地の確認:天然クエか養殖クエかを整理する。天然クエは漁獲量が少なく高値で取引される高級魚で、養殖でも出荷サイズになるまで5年程度を要するとされている。安定供給できる数量をまず把握することが出発点になる
- ②施設認定の申請:加工・保管を行う施設が「ニュージーランド向け輸出水産食品取扱施設」として認定されているか確認する。2023年7月以降は、施設の所在地を管轄する地方農政局等が窓口になっている。未認定の場合は、電話で管轄の地方農政局等に相談してから申請書類を準備する。申請には施設の所在地・取扱品目・衛生管理体制の概要などをまとめた資料が必要になるため、思い立ってすぐ提出できるものではない
- ③衛生証明書の準備:施設認定と並行して、輸出のたびに必要な衛生証明書を準備する。2023年7月以降は「一元的な輸出証明書発給システム」を通じて地方農政局等が発行する仕組みに変わったため、以前の窓口に問い合わせて時間をロスしないよう注意する
ここでいう「地方農政局等」とは、農林水産省の出先機関として各地域に置かれている行政窓口のことだ。以前は施設認定を地方農政局等が担当する一方で、衛生証明書の発行は都道府県や別の部局が担当するなど、手続きごとに窓口が分かれていた。どちらに問い合わせればいいのか分からず、確認だけで数週間かかったという声もあった。2023年7月の一元化は、この分かりにくさを解消するために行われた変更だ。
高知県のように水産物の輸出実績がまだ少ない地域では、身近に相談できる相手が少ないという事情もある。窓口が一本化されたことで、少なくとも「まずどこに連絡すればいいか」で迷う時間は減ったといえる。

ステップ④〜⑥:現地側の確認とCPTPP活用
体制が整ったら、現地側の要件とCPTPP関税の活用に進む。
- ④現地輸入者のMPI登録確認:ニュージーランドでは、食肉を含む動物由来製品の輸入事業者に第一次産業省(MPI)への登録が求められている。水産物についても現地輸入者側の登録状況を事前に確認しておくと、通関時のトラブルを避けやすくなる
- ⑤第三国加工がある場合の証明書:クエを国内で一次加工した後、海外の施設で二次加工してからニュージーランドへ送るようなケースでは、証明書は引き続き農林水産省 輸出・国際局 輸出支援課が発行する。地方農政局等の窓口とは別なので、加工ルートが複数国にまたがる場合は事前に確認する
- ⑥CPTPP原産地証明で関税メリットを使う:CPTPPでは自己申告制度により、輸出者・生産者・輸入者のいずれかが原産地を自己申告できる。日本からの輸出品目は8〜9割が関税即時撤廃の対象とされているが、品目ごとのHSコードで適用条件が異なるため、自社のクエがどの区分に該当するかを事前に確認しておく
自己申告書には、輸出者の氏名・住所、品目のHSコード(関税分類番号)、原産地としての判断基準、そして輸出者本人の署名が必要になる。商工会議所が発行する原産地証明書とは違い、輸出者自身が作成・署名する書類のため、記載内容に誤りがあると関税優遇そのものが認められない可能性がある。慣れないうちは、貿易書類の作成に詳しい専門家に一度確認してもらうと安心だ。
ここまでの6ステップを見て「自社だけで全部対応できるだろうか」と感じた人もいるはずだ。施設認定・衛生証明書・自己申告書は、それぞれ担当する機関も書式も異なる。すべてを社内の担当者ひとりで抱え込むと、本業である仕入れや商談に割ける時間が削られてしまう。書類まわりを外部に任せられる部分は任せ、自社にしかできない産地との交渉やバイヤーとの関係づくりに集中するという分担も現実的な選択肢だ。
「関税がゼロだから大丈夫」と思い込むと起きること
関税ゼロと輸入許可はまったく別の審査
CPTPPの関税メリットと、施設認定・衛生証明書の手続きはまったく別の話だ。関税がゼロになることと、その水産物をニュージーランドに輸入してよいかどうかは、別の審査で決まる。
最悪のケースは、初回輸送の直前になって施設認定が済んでいないと判明し、出荷そのものが数ヶ月単位で止まることだ。特に2023年7月の窓口一元化を知らずに以前の担当窓口へ問い合わせてしまい、話が噛み合わないまま時間だけが過ぎるケースも起きている。まず自社の施設が「いつ」「どの窓口で」認定を受けているかを確認することが、遠回りを防ぐ最初の一歩になる。
もうひとつよくある失敗が、自己申告書の記載ミスによる関税優遇の却下だ。HSコードの分類を誤ったまま提出し、通関時に指摘されて優遇が適用されないケースがある。書類作成に慣れていない場合は、最初の数回は専門家のチェックを挟んだほうが結果的に早い。
いずれのケースにも共通するのは、書類の準備に想定より時間がかかるという点だ。初回の輸出では、商談が決まってから最短で動いても数週間から数ヶ月単位の余裕を見ておくほうが安全だ。バイヤーとのスケジュール調整は、この余裕を織り込んだうえで行いたい。2回目以降の輸出は、施設認定さえ済んでいれば衛生証明書の取得だけで進められるため、初回ほど時間はかからなくなる。
明日から動ける5つのアクション
- 自社の加工・保管施設がニュージーランド向け輸出水産食品取扱施設として認定済みか、管轄の地方農政局等に確認する
- 衛生証明書の発給窓口が地方農政局等に変わっていることを社内・取引先と共有する
- ニュージーランドの現地輸入者にMPI登録の有無を確認する
- 自社のクエのHSコードがCPTPPの関税即時撤廃対象かどうかを確認する
- 第三国加工を挟むルートがある場合は、農林水産省輸出支援課へ証明書の要否を問い合わせる
まとめ
証明書一元化を踏まえて動くべきこと
- CPTPPの関税メリットと、施設認定・衛生証明書の手続きは別の審査
- 2023年7月の一元化で、窓口は地方農政局等に統一された
- 初回輸送は数週間〜数ヶ月の余裕を見て動く
Aさんはどう動いたか
個人事業主のAさんは、まず管轄の地方農政局等へ施設認定の状況を確認するところから動き出した。関税の話から入っていたら気づけなかった手順だ。
あさひ通商では、施設認定の確認から衛生証明書の申請まで実務ベースでサポートしている。まずはお気軽にご相談ください。