2026年7月2日、トランプ政権が米国産ホタテの禁漁区を解除した。中国禁輸後に必死で開拓してきた対米ルートが、今揺らいでいる。
- 禁漁区解除の詳細と10年にわたる政治的経緯
- 日本産ホタテへの価格・シェアへの具体的影響
- 今すぐ取れる差別化・市場分散の実務対応3つ
禁漁区解除の経緯と規模
オバマが閉じ、バイデンが再封鎖、トランプが2度目の解除
今回の解除は突然の出来事ではない。10年にわたる政治的な開閉の歴史を持つ。
2016年、オバマ大統領はニューイングランド沖ジョージズバンク北東部(171平方マイル)を「古代遺物法(Antiquities Act)」を根拠に保護区に指定し、商業漁業を禁止した。もともと先住民の遺産保護を目的に1906年に制定された法律を、海洋保護に転用した判断だった。
2020年のトランプ1期目がこの規制を解除し、商業漁業者が同海域にアクセスできるようになった。しかし2021年のバイデン政権就任直後に禁漁区は復活した。そして2026年7月2日、トランプ政権は再びこの禁漁区を解除し、ジョージズバンクへのアクセスを商業漁業者に開放した。
「国家ホタテの日」と増産規模の見通し
トランプ大統領は7月2日を「National Scallops Day(国家ホタテの日)」と宣言し、「年間で何百万ポンドもの野生ホタテが食卓に届き、ニューベッドフォード(マサチューセッツ州)やノーフォーク(バージニア州)などの漁業従事者に雇用が生まれる」と語った。
ジョージズバンクはメーン湾南端からケープコッド沖にかけて広がる海底で、大西洋ホタテの主要漁場のひとつだ。豊富なプランクトンに支えられ、禁漁期間中も資源の回復が進んでいたとされる。ただし、直近のニューイングランド漁業管理協議会(NEFMC)の調査では同海域の資源量減少も報告されており(2025年)、実際の増産規模は今後の資源調査次第でもある。また、米国全体のホタテ水揚げは2025年に前年比28%減が見込まれており、禁漁区解除の効果が本格化するまでには一定の時間がかかる見通しだ。
それでも政策の方向性は明確だ。トランプ政権は商業漁業全体の規制緩和を推進しており、今回の禁漁区解除はその流れの一環として位置づける必要がある。
日本産ホタテの現在地
中国禁輸後、米国市場への急速シフト
2023年8月、中国が日本産水産物の輸入を全面禁止した。それまで日本産ホタテの最大仕向国だった中国を一夜にして失い、業界全体が代替市場の開拓に動いた。
その受け皿として急成長したのが米国市場だ。2024年1〜4月の日本産ホタテ対米輸入量は3,006トンと、前年同期(1,782トン)の約1.7倍に達した(SeafoodSource調べ)。米国内での日本産ホタテのシェアは35%に達し、日本は米国にとって最大のホタテ輸入国となっている。
ジェトロは2025年から米国向けサプライチェーンの構築支援を強化しており、冷凍ホタテの物流ルート整備・輸入業者との商談マッチングが進んでいる(Japan Times 2025年8月報道)。まさにその成長途上のタイミングで、米国産の増産政策が打ち出された形だ。
米国漁業界はすでに「日本産との価格競争」を問題視していた
日本産ホタテの急増は、米国漁業者の間で以前から摩擦の火種になっていた。ニューベッドフォードなどの漁港では「安価な日本産冷凍ホタテが国内産業を圧迫している」という声が上がり、地元メディアや漁業団体が繰り返し警戒感を示してきた(New Bedford Light報道)。
今回の禁漁区解除は、漁業者への経済的恩恵という側面を持つ。同時に、トランプ政権の「アメリカ・ファースト」の通商政策の文脈では、日本産への対抗措置という読み方もできる。関税政策とセットで考えると、日本の水産輸出を取り巻く環境が変わりつつあることは確かだ。
増産で何が変わるか
価格への影響:即時ではないが1〜2年後が注意ポイント
禁漁区が解除されても、供給増加にはタイムラグがある。漁獲枠の設定・船団の準備・流通経路の整備が整うまでには一定の時間がかかる。2026年内に即座に価格が崩れる状況ではないと見られる。
ただし、1〜2年のスパンで考えると話は変わる。米国産野生ホタテが市場に本格的に出回り始めると、冷凍の日本産との直接的な価格比較が起きる可能性がある。野生・鮮度という付加価値を持つ米国産に対し、日本産は何で勝負するかを今のうちに整理しておく必要がある。
関税と重なると影響が倍になる
トランプ政権の関税政策も見逃せない。日本からの水産物輸入に対する追加関税の圧力が続いており、日本産の価格競争力はすでに一定の影響を受けている。国内産の供給増加と輸入品への関税上昇が重なれば、日本産の対米価格競争力は二重に削られる。
中国向けを失い、米国向けに集中したポートフォリオのまま環境が悪化すれば、2023年の状況が再現されかねない。市場の集中はリスクの集中でもある。

対米輸出業者が今すぐ動くべき3つのこと
ステップ1:刺身用・プレミアムグレードへのポジション転換
米国産の野生ホタテが競合になるのは、主に「冷凍ホタテ」の価格帯だ。日本産が強みを持つ「生食用・刺身グレード」「急速冷凍による品質保証」「個体識別・トレーサビリティ(産地・漁獲日・加工施設の追跡可能性)」は、米国産では容易に代替できない領域だ。
高付加価値品にポジションを移すことで、価格競争の土俵から外れることができる。日本の食品安全基準・生産地証明・鮮度管理のエビデンスを整え、バイヤーへの訴求資料として準備しておくことが有効だ。「なぜ日本産でなければならないか」を言語化できている業者は、価格以外の軸で交渉できる。
ステップ2:市場分散でリスクを分散する
2023年の中国禁輸で明らかになったのは「1カ国依存の脆弱性」だ。対米輸出を軸に据えながらも、同時に複数市場への展開を今から仕込んでおく。
欧州は日EU EPA(経済連携協定)を活用することで関税優遇を受けながら輸出できる。フランス・ドイツ・オランダなどでは日本産水産物への需要が育っており、高品質・刺身グレードのホタテは付加価値訴求がしやすい市場だ。東南アジアでは、ベトナム・タイが加工輸出の中継拠点として活用できる。
米国市場の環境が悪化したとき、他の市場でのルートがあるかどうかで傷の深さが全く違う。仕向国の分散は、中国禁輸後の教訓として今回も有効だ。
ステップ3:既存バイヤーとの関係を深掘りする
米国内での日本産ホタテの販路が整いつつある今が、バイヤーとの関係を強化するタイミングだ。国産ホタテが増産されると、バイヤーは「日本産でなければならない理由」を改めて問い直す。
定期的なコミュニケーション・品質報告・産地情報の共有を通じて、日本産への信頼を積み上げておくことが、切り替えコストを高くする最も現実的な対策だ。一度構築した取引関係は価格だけでは動かしにくい。値上がりしても取引を継続してくれるバイヤーを育てておくことが、外部環境の変化に強い輸出体制につながる。
あさひ通商では、対米・多国展開を含む水産物の輸出先選定・書類対応・バイヤーとの商談準備を一括でサポートしています。米国ルートの現状確認から次の市場開拓まで、一緒に動ける体制があります。
特にこんな方に向けた記事です。対米輸出をすでに動かしているが今後の見通しを見直したい方、中国禁輸後に米国1本に集中していて次の手を考え始めている方。現状を整理するだけでも、次が見えてくることがあります。詳しくはプロフィールのリンクからお問い合わせください。
まとめ
トランプ政権による禁漁区解除は、米国産ホタテの増産につながる可能性がある政策転換だ。日本産は中国禁輸後に米国市場へ急速にシフトし、35%のシェアを持つ最大輸入国となった。その成長途上で米国産供給が増えれば、価格競争が起きる可能性がある。
ただし変化はすぐには来ない。1〜2年のスパンで対応策を準備する時間は残っている。今のうちに動ける選択肢は3つだ。①高付加価値・刺身グレードへのポジション転換、②市場分散(欧州・東南アジア)でリスク分散、③バイヤーとの関係を深掘りして切り替えコストを高くする。
ホタテに限らず、輸出の安定は「1つのルートへの依存」で崩れる。今回のニュースを、自社の輸出ポートフォリオを見直すきっかけにしてほしい。
出典・参考資料
- Al Jazeera「Trump administration aims to cut regulations on US commercial fishing」(2026年7月2日)
- The Washington Times「Trump lifts Biden/Obama ban on fishermen accessing booming scallop fishing grounds」(2026年7月2日)
- White House「Fact Sheet: President Donald J. Trump Unleashes Commercial Fishing in the Atlantic」
- ジェトロ ビジネス短信「トランプ米大統領、海産物の競争力強化へ、規制緩和や301条調査検討を指示」(2025年4月)
- New Bedford Light「Japanese scallops take bite out of New Bedford seafood industry」
- SeafoodSource「Story for the US scallop market in 2025 will be “optionality”」(2025年)