静岡県沼津市戸田で、秋の訪れを告げる底びき網漁のシーズンが始まりました。
戸田といえば、駿河湾の深海から水揚げされる多彩な魚介類で知られる地域。その中でもひときわ存在感が大きいのが、長い脚を持つ「タカアシガニ」です。
本日のリサーチ結果では、今季の漁が解禁され、解禁初日にタカアシガニが水揚げされました。初日の水揚げは3年ぶりと報じられており、戸田を代表する秋から春の味覚がシーズンのスタートから姿を見せたことになります。
ただし、このニュースを見るときに注意したいのが、「3年ぶり」という言葉です。
これはタカアシガニが3年間水揚げされていなかったという意味ではありません。あくまで「漁の解禁初日に水揚げされた」という点が3年ぶりです。
では、戸田のタカアシガニはどのような水産物なのでしょうか。そして、近年の漁獲量はどう変化しているのでしょうか。
駿河湾の深海からやって来る戸田のタカアシガニ
タカアシガニは、その名前の通り非常に長い脚を持つ大型のカニです。
静岡県によると、沼津市戸田の特産品で、駿河湾では水深200~500メートル前後に生息しています。大きな個体は脚を伸ばすと3メートル以上にもなります。
戸田が面している駿河湾は、日本でも特に深い湾として知られています。沼津市も戸田港について、深海魚漁でタカアシガニをはじめとするさまざまな深海生物が水揚げされる港として紹介しています。
戸田の底びき網漁で水揚げされるのはタカアシガニだけではありません。
戸田漁協の情報では、本エビ(ヒゲナガエビ)、アカザエビ、アオメエソ、ニギスなど、さまざまな深海の魚介類が水揚げされています。
つまり、タカアシガニ漁のシーズンが始まるというニュースは、同時に「戸田の深海魚シーズンが動き始める」という意味も持っています。
漁期は9月から翌年5月まで
静岡県が公表している情報では、タカアシガニを漁獲する小型底びき網漁業の漁期は9月から翌年5月15日までです。
一方、かご漁業の漁期は12月1日から翌年2月末日までとなっています。
年間を通して自由に漁獲するのではなく、漁期を設けながら利用されている水産資源です。
戸田の底びき網漁そのものも9月から5月にかけて行われ、夏場には禁漁期間があります。
そのため、9月の漁解禁は地域にとって季節の大きな節目となります。
今回、解禁初日からタカアシガニが水揚げされたことが注目された背景には、こうした戸田ならではの漁業の季節があります。
「3年ぶり」は何を意味しているのか
今回のニュースで特に目を引くのが、「3年ぶりの初日水揚げ」という言葉です。
ここは誤解しないよう整理しておく必要があります。
3年ぶりなのは、タカアシガニの水揚げ自体ではなく、底びき網漁の「解禁初日にタカアシガニが水揚げされたこと」です。
実際、静岡県の統計では近年もタカアシガニの漁獲が記録されています。
したがって今回の初日水揚げだけを根拠に、「タカアシガニが3年ぶりに戻ってきた」「資源が回復した」と判断することはできません。
今季全体の漁獲状況についても、シーズンが始まった段階の情報だけで判断するのは早いでしょう。
今後の水揚げがどのように推移するのか、継続して見ていく必要があります。
漁獲量を数字で見るとどうなっている?
静岡県が公開しているタカアシガニの漁獲量を見ると、長期的な変化も見えてきます。
小型底びき網漁業とかご漁業を合わせた漁獲量は、2016年度が18,239キログラム、2017年度が19,392キログラム、2018年度が19,570キログラムでした。
その後、2019年度は13,303キログラム、2020年度は11,506キログラム、2021年度は9,482キログラムとなっています。
2022年度は11,180キログラム、2023年度は10,970キログラム、2024年度は10,983キログラムでした。
直近の2024年度だけを見ると前年とほぼ同じ水準ですが、2018年度の19,570キログラムと比較すれば低い水準にあります。
2024年度の内訳は、小型底びき網漁業が4,633キログラム、かご漁業が6,350キログラムです。
この数字から分かるのは、今回の「解禁初日に獲れた」というニュースと、中長期的な資源や漁獲量の動きは分けて考える必要があるということです。
初日の結果は今季のスタートを伝える重要なニュースですが、それだけで年間の豊漁・不漁を判断することはできません。
戸田ではタカアシガニを守る取り組みも続く
タカアシガニは戸田にとって、単に水揚げして販売する水産物というだけではありません。
静岡県の「しずおか食の情報センター」によると、地域では資源を未来につなぐ取り組みとして、禁漁期間が始まる5月下旬にタカアシガニの放流事業が行われています。
地元の子どもたちも参加し、性別や卵の有無を調べたり、個体識別用のタグを付けたり、計測を行ったうえで海へ放流しています。
漁獲するだけではなく、資源を守りながら次の世代へつなぐ活動が行われているわけです。
こうした取り組みを知ると、秋の「漁解禁」というニュースも少し違って見えてきます。
春に漁期を終え、資源保護の期間を経て、秋に再び漁が始まる。
戸田のタカアシガニは、漁業と資源保護の両方を考えながら利用されている地域資源なのです。
タカアシガニが戸田の名物になった背景
現在では戸田を代表する味覚として知られるタカアシガニですが、最初から人気の食材だったわけではありません。
静岡県の食文化に関する紹介によると、戸田では大正時代から底びき網漁で水揚げされていましたが、当初は食文化として定着していなかったとされています。
転機となったのは1960年ごろ。
地元の料理人や旅館が調理方法を工夫し、蒸すことで甘みやうま味を引き出せることが知られるようになり、次第に戸田を代表する料理へと発展していきました。
現在、静岡県はタカアシガニについて、さっぱりとしてほんのり甘い味が特徴と紹介しています。
巨大な姿から豪快な味を想像する人もいるかもしれませんが、戸田で長く受け継がれてきたのは、その大きさだけではない食材としての魅力です。
食べるだけではない、戸田とタカアシガニの関係
戸田ではタカアシガニの甲羅も地域文化と結び付いています。
甲羅の凹凸が人の顔のように見えることから、甲羅に顔を描いた「魔除けの面」が伝えられてきました。
静岡県の紹介では、発祥した正確な時期を示す資料は残っていないものの、戸田で底びき網漁が始まった大正初期には存在していたと考えられています。
さらに地元の子どもたちは、タカアシガニの放流や地域学習などを通して、深海の生き物と地域の歴史を学んでいます。
一つのカニが「漁業」「食」「地域文化」「教育」「資源保護」と複数の分野をつないでいるところに、戸田のタカアシガニの大きな特徴があります。
今季は初日の結果だけでなくシーズン全体に注目
3年ぶりとなった解禁初日のタカアシガニ水揚げは、今季のスタートを印象づけるニュースとなりました。
ただ、今後どれほど水揚げされるのかについては、現時点で確定的なことは言えません。
特に、初日の水揚げをそのまま今季全体の豊漁につなげて考えることは避ける必要があります。
静岡県の統計を見る限り、近年の年間漁獲量は2010年代後半と比較して低い水準にあります。一方で、直近の2024年度は10,983キログラムと、2023年度の10,970キログラムに近い数字でした。
今後注目したいのは、今季の漁獲量がシーズンを通してどう推移するのか、そして地域の資源保護の取り組みがどのように続けられていくのかという点です。
秋から翌年春まで続く戸田の深海漁。
そのスタートに姿を見せたタカアシガニは、迫力ある見た目や味だけでなく、駿河湾の漁業と地域文化、そして水産資源について考えるきっかけにもなる存在です。
今季も戸田港から届く水揚げのニュースに注目です。
【参考情報】
・静岡県「タカアシガニの漁獲量 日本一」
更新日:2025年10月27日
静岡県公式ページ
・静岡県 しずおか食の情報センター「深海が育てたごちそうを味わう―沼津市戸田のタカアシガニ―」
公開日:2026年3月5日
しずおか食の情報センター
・静岡県「戸田漁協直売所」
更新日:2025年4月24日
静岡県公式ページ
・沼津市「戸田の魅力・観光スポット」
更新日:2024年9月24日
沼津市公式ページ
・戸田漁業協同組合「戸田の深海魚」
戸田漁協公式ページ